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最高裁判所第一小法廷 昭和32年(オ)1161号 判決 1958年5月01日

上告人 財団法人 国際文化学会

被上告人 国

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人弁護士河南主税の上告理由について。

原判決はその挙示の証拠によつて、認定した判示事実関係に基いて甲第二号証は被上告人側から発せられた単なる文書に過ぎず、所論売買についての申込の意思表示とは認められないとしているのであつて、前記事実関係に徴すれば、そのような認定もできないわけのものではない。さすれば、右申込の意思表示のあつたことを前提として、民法五二一条、五五五条を云為し、更に右文書を意思表示と解してその当然の効果として被上告人に所論のような法律上の義務があるものだとする各所論はいずれも採用に由がない。

よつて、民訴四〇一条、九五条八九条、に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 下飯坂潤夫 斎藤悠輔 入江俊郎)

上告理由

第一点 原判決は国有財産につき予算決算及び会計令第十九条第十九号、第二十二号規定により特別の場合随意契約で之を特別の縁故がある者に売渡す場合、民法第三編第二章第三節売買に関する法規の適用に当つて之を制限的に適用した違法がある。

即ち告人は昭和二十二年四月港区赤坂一ツ木町三十六番地ノ一(元同所五十六番地)二、三〇三坪の土地を国から借り受け同地上にあつた焼失兵舎を昭和二十二年十一月頃から同二十五年七月頃までの間に自費をもつて取り払い内一、四二九坪七合八勺を昭和二十五年七月二十八日本件土地の管理庁たる関東財務局の強いての要求により返還し、残り七百七十九坪七合一勺を引続き借り受け昭和二十八年二月二十二日この払下を申請(同年十月三日払下の趣旨を変更)したものであるが関東財務局は上告人との払下契約に当り上告人の払下申請土地に関する前述の関係を考慮し随意契約を以て売渡すことに決めたのでる。

従つて売渡人たる関東財務局は国有財産の管理庁として種々内部法規の制的に於て事務処理をなさねばならないことは当然であるが苟しくも随意契約の場合の売買行為自体として当事者に法律効果を及ぼすべき事柄については国といえども権力の主体たる行政的立場から全く離脱し宛も私人間の取引に等しい対当的の立場において法律行為をなすものであるが故に、此の場合当事者間の行為の規範たるべき法規は相手方に法律効果を及ぼす範囲内においては専ら民法の規定に遵拠すべきものであることはつとに学説判例の一致するところである。

然るに原判決は事実認定の末尾に於て「しかるに控訴人が甲第三号証を発して間もなく控訴人が本件土地の一部を転売し、転買人がその地上に外国人用のホテルを建築する計画のあることが地元民の陳情、転買人の来訪などによつて関東財務局に判明したので関東財務局長は控訴人の本件土地利用計画が適切妥当でないと判断し、昭和二十八年十二月二十四日附で本件土地の払下を中止する旨通知したことを認めることが出来る」と事実を摘示して甲第二号証に「貴殿から下記物件の売却申請があつたので去る十月三十日その売払予定価格を内示したが未だその価格をもつて買受の回答がありませんがきたる十二月十日までに回答して下さい」と国有財産の処分官庁たる同局長名義をもつて上告人に対し被上告人から内示を受けた価格で買受ける旨の返答があれば売渡す旨の意思表示をし、上告人はこの通知に明示された期間内に承諾の通知を発し、その通知が関東財務局長に到達し、当事者間には本件売買につき完全に意思の合致があつた後地元反対者の捏造した前記の事実があつたことを理由に、何等上告人に対しこの事実の有無を確認する等の方法を採らず(この事実を立証した被上告人の乙第五号証は上告人に於て否認したが口頭弁論終結迄被上告人から遂に原本の提出によつて立証し得なかつた無根の事実)関東財務局が一方的に判断して昭和二十八年十二月二十四日附で上告人に払下中止の意思表示を為したものである。依つてこの中止の意思表示は民法五百二十一条の規定の適用を受くべきは当然であるのに、原判決がこれを認めなかつたことは、国有財産の管理庁たる関東財務局長が国有財産を管理処分するに当つては、如何なる場合でも権力の主体たる行政権の作用として国家の意思を表示するのだから平等公平の原則に立脚して定めた民法の規定は適用する余地がない、との思想に基ずいた違法の判決であることは、若し以上の事実が一般民の間に行われ本件の場合となつたとしたならば民法の法理によつて契約の成立を認めたことは何人も疑う余地がないことから明らかである。

第二点 原判決は意思表示の法律効果を殊更否定して民法第五百五十五条の売買に関する基本規定を適用しなかつた違法がある。

即ち上告人が本件土地について払不の申請をなし被上告人が随意契約で払下げる意思を決め国有財産の管理庁としての管理法規に基きすべての払下手続が補助機関の手によつて進められたが、唯払下価格につき坪当時価壱万壱千円から上告人が払下地の上にあつた焼失兵舎の取払費用として支出した金額を被上告人は坪当二千二百円と見積つて差引き、払下価格を坪当八千八百円と内示したのに対し、上告人はこれを坪当五千五百円と主張したので、金額の決定につき被上告人の補助機関と上告人との交渉では到底意思の合致が出来ない事情になり久しく交渉中止の状態となつた。

若しこの価格の点のみにつき両者間に話合いが完了すれば関東財務局としては直ちに払下決議書を作成し同局長の最終的裁決によつて売払契約書なる書面が作成され両当事者の調印が行われる段階となつていたことは法廷に供出された証拠によつて明瞭な事実であつた。

然るに被上告人は此の未解決の事案を急速に整理するために甲第二号証を補助機関の名義でなく国有財産管理庁たる関東財務局長の名義を以て上告人に「去る十月三十日その売払予定価格を内示したが未だその価格を以て買受けの回答がありませんがきたる十二月十日迄に回答して下さい」と通告し、上告人は之を受けとつたので早速昭和二十八年十二月四日附で甲第三号証「港区赤坂一ツ木町五十六番地国有地約七七五坪払下申請に対し貴官の御内示価格坪当八千八〇〇円也にて払下を受けます。即時契約を結びたいですから御指示願います」との回答を発しこの回答は被上告人が指示した期間内に被上告人に到達したのだから民法第五百五十五条の要件を完全に充たし、当事者間に本件土地の払下契約は完全に成立し上告人が本件土地の所有権を取得したことは明かであるのに、原判決は、甲第二号証中に「売払予定価格の内示」という文言があることから考えても契約の申込でないことは明かであろう、と同証中の「去る十月三十日にその売払予定価格を内示したが」という文言で判然と甲第二号証の通知が価格内示の通知でないことを明かにしているに拘らず殊更前後の文字を省いて判示し、甲第三号証中に「即時契約を結びたいから御指示願います」との契約書面の作成に関する追て書を判断の基本とし「御内示の価格坪当八、八〇〇円也にて払下げを受けます」との本文の意思を努めて歪曲して判断し「甲第二号証第三号の文言の往復は売買契約締結に至る準備交渉の段階における文書の往復であるに過ぎず契約の申込ないしその承諾と目すべからざることは明かである」と判示して通常民事取引に於て行われる法律行為の効果とは別個の効果意思と想定した原判決は違法である。

尤も甲第二号証が国有財産の払下手続として未だ払下決議書の裁決前に発せられたことは事実であり払下手続としては非難すべき手続であつたとしてもこれは官庁内部の訓示規定違反であつて上告人に対しては何等法律効果を及ぼさないことは上告理由第一点に述べた理由から明かである。

仮りに百歩を譲つて上告人と被上告人との間に甲第二号証甲第三号証の往復があつたことが国有財産売払契約成立に至る準備行為であつたとしても国有財産管理庁が国家意思を表示した以上当然この意思表示に伴う法律効果の責任は負うべきであるから上告人の発した甲第三号証との交叉によつて補助機関をして意思表示の趣旨に従つて払下決議書を作成せしめて之を裁決し以て払下契約を成立させねばならない法律上の義務を負うことは当然であるとの理由によつて「被控訴人は控訴人に対し東京都港区赤坂一ツ木町三十六番地所在国有地のうち原判決添附図面の部分七百七十五坪七合一勺を代金六百八十二万六千弐百四十八円で売り渡す旨の本契約を締結せよ」との判決を予備的に求めたのであるが、原判決は之に対しても「前段認定事実ならびに甲第二号証第三号証に記載せられているところを検討しても被控訴人は控訴人の本件土地売買の申込に対し被控訴人がこれを承諾しなければならない債務を負うことを定める契約片務予約が成立したと認むべき証拠を見出し難い。さきに認定したとおり甲第二号証第三号証は本契約締結に至る準備交渉の一環と見るのがもつとも事実に即したものである。これをもつて売買の予約が成立したものとする控訴人の主張もまた失当であつて控訴人の予備的請求もまた理由がない」と判示したのは、国有財産管理庁たる関東財務局は国有財産の払下につき如何なる意思表示をしても売払決議書の決裁が終らないか、ないしは売払契約書の調印が完了しない間はその意思表示について法律的責任はない、言葉をかえて言えば甲第二号証で「内示した価格で買わないか」との意思表示に対し甲第三号証で「その価格で買受けます」との文書の交換があり意思の合致があつても官庁内部の手続が完了するまでは一方的意思表示で自由勝手に交渉を打切ることが法律上許されるということになり、民事一般の法律解釈の通念を無視した違法の判決であることは明白である。

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